近年の関西の企画はフラメンコにおける地方や人物にターゲットをしぼった、若干マニアックなものが多かったと思います(例えば近年の題材はファンダンゴ・ポル・ソレアやロマンセ、レブリーハ、カディス、マリアーナ・コルネホ、トルタ、ディエゴ・デル・ガストールやニーニョ・ヘロ…)。しかし今年は20回と言う記念すべき館山!みんなが共有出来るようなテーマで、しかもいつものように各校ごとに曲を出すのではなく、合同で舞台を作り上げようということになりました
舞台を考えるとき、本来フラメンコにおいてはカンテがベースとなります。みんなで共有できるような総合的・普遍的な実力や魅力の幅広さ・知名度…等々を持ったカンテとは…たとえば比較的近年ではCamarón、さかのぼればAntonio Mairena、La Niña de los Peines…彼らは今につながるフラメンコを作り上げてきた偉大な唄い手たちです、その中で今回の企画に、もっとも楽しいカンテはどれなのか…?
Pastora Pavón "La Niña de los Peines"…彼女はフラメンコの歴史の中で、録音を残したアルティスタとしては最も初期の1人であり、そして録音の数も非常に多く、さらにはどれもが上質なものなのです。また彼女は、非常に幅広く様々な種類のカンテを歌っただけでなく、様々なフラメンコの形式を創造的に発展させ、あるいはスタイルを整え、現在に伝わるようなカタチにしていった張本人の1人でもあります。また録音として今も歌われる「スタンダード」なレトラやメロディも多く残しました。今でも若い歌い手たちがカバーしているくらい、現代にいたるまでその影響ははかりしれません。
特に、関西の学生…というよりは学生かどうか以前に、日本のフラメンコ人口の大多数が女性です。パストーラの残した「女性のカンテ」を取り上げることには大変大きな意味が生まれると思われるのです
パストーラ・パボン『ニーニャ・デ・ロス・ペイネス』は1910年から1950年までの40年間に、公式には258曲をレコードに吹き込みました。最も古い録音の時代に既に、彼女の歌声は完璧であり、拙いところはありません。一方で彼女に歌われた様々なフラメンコのパロ(曲形式のこと)は、彼女やその伴奏者、さらには彼女をとりまく当時のアルティスタたちによって、様々なアイデアが盛り込まれ、試行錯誤がなされ、完成された今に伝わるカタチになっていったことが見受けられます。つまり、彼女の録音には、伝統的ながらもたくさんの新鮮さがあるのです。それは現代の我々が耳にしてもなお新鮮に感じられます。
今回取り上げるのは
Sevillanas、Tangos、Alegrías、Buleríasです。
関西合同の企画は、通常なら各大学がそれぞれの曲目をだしていたはずの、踊りの枠です。それとは別に、毎年の館山や東京公演では、唄やギターの企画を行ってきました。今回は唄の企画で、曲は「ボルベール」です。
この曲はもとはカルロス・ガルデルによるアルゼンチンタンゴで、映画の挿入歌でもあるようです。アルゼンチンタンゴにかぎらず、スペイン語の歌曲は広くスペイン語圏でヒットすることがよくあります。この曲もそうだったのでしょう。後にフラメンコの唄い手、チャノ・ロバートがブレリアのコンパスにのせて歌いました(フラメンコ以外・スペイン以外の歌曲をブレリアに載せて歌うことはよくあることです)。近年ではペネロペ・クルス主演の同名の映画でテーマソングとして使用され、エストレージャ・モレンテによって歌われました
この歌の中では次のように歌われています
"Sentir
que es un soplo la vida
que 20 años no es nada"